compass-log

【compass-log】第4058号〜共に歩いてくれる人も現れれば、肩を貸してくれる人も現れる〜


ニンゲン、ひとりで人生を歩いていてもつまらないものです。

会話もなければペースもわからず、もしかしたら途中で止まってしまうかもしれません。

自分の歩いている道があっているのか、このスピードで目的地までたどり着けるのかということもわかりません。

登山もまったく同じですね。(まだまだ続く富士登山ネタ)

もちろん、ソロキャンプならぬソロ登山もそれはそれでおもしろいかもしれませんが、個人的にはやっぱりソロ登山よりも複数人での登山の方が楽しい。(ソロ登山なんてやったことないけど)

ひとりよりも複数人の方が会話をしながら歩ければ、助け合いもできるし、色々な想い出もできるものです。

また、ペース配分や登り方を知っている方、先達がいればなおさらです。

ところで、昨年、100人組手をしている最中か終わった直後くらいに、勉強会で、

「人生を歩んでいると、共に歩いてくれる人も出てくれば、肩を貸してくれる人も現れるもの」

と言われた一言がとても印象に残っています。

100人組手も、今回の富士登山もまさにソレでした。

登山については、最初からひとりで登ろうとは思ってもいませんでしたし、声掛け?asking?させてもらったら、たくさんの方が共に登ってくださいました。

また、登らずとも富士吉田まで来て頂いた方もいらっしゃいました。

登っている最中もお互いに声をかけあったり、助け合ったりもしましたし、「肩を貸してくれる人も現れる」と上述しましたが、ワタシは逆に肩を貸す方にもなりましたw

でも、ワタシも肩を貸してもらう側に回っていたかもしれない。

むしろ、100人組手では皆さんに共に歩んで頂き、肩を貸しても頂きました。

やっぱりひとりよりも、仲間がいた方がよいですね。

仲間といるから思ってもいなかったところまで進むことができるし、夢や目標、日々の行動基準、意思決定基準も高まるものです。

これからも、肩を貸してくれたり、ときに貸して差し上げたりwする仲間と、共に歩んでいきたいものですね。

●感想、 フィードバック、コメント、気づいたことなど戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。


【compass-log】第4057号〜富士山の上でおにぎりをならぬ、富士山の上で商売を〜


昨日は日清カップヌードル900円の話を書きました。後半では自販機500円とトイレ300円の話も盛り込みました。

おさらいとその続き。

日清カップヌードルは6~7合目くらいでは600円でしたが、頂上では900円でした。

また、自販機の飲料は頂上では500円になります。(たしかメーカーはコーラだったかな?)

トイレの価格も(富士山ではトイレをするのにおカネ?環境美化の寄付?がかかる)、五合目では100円(無料もあり)、九合目までは200円、頂上では300円になりました。

登頂翌日に麓に降りて滝行をする前にトイレに行きましたが、富士登山の癖で、「このトイレはいくらだろう?」なんてジョーダンを言っていたくらいw

海外でもトイレにお金を払ったことはおそらくなかったかと思います。

また同じ日本でも、カップヌードルや自販機含めて、こうも値段が変わるとはおもしろいですね。

「中小企業は値上げ一択」と教えてもらってきましたし、「如何にしたら価格と品質と価値を上げられるか」といつも考えています。

また、同じ品質であれば価格低く、同じ価格であれば品質高くとは思っています。

それはあくまで競合がいる中での話であり、競合がいるからよくも悪くも比べられてしまいます。

競合がいて競争のある世界は自らを磨く砥石にはなるものの、

競合のいない世界で、競争のない世界で、自分を如何に高められるか、深掘りできるか、という新たな競技に入ってみたくもあるものです。

そう考えると、富士山頂上での商売というものは、競合のいない世界で、競争のない世界で、という意味でヒントを頂いたかなと思います。

まぁ富士山の頂上で商売をするわけではないので、あくまでも比喩であり抽象度が上がっているので、具体に落とす必要がありますがねw

そういう目標を立てていれば、少しずつそっちの方に向かっていけるはずなので。

●感想、 フィードバック、コメント、気づいたことなど戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。


【compass-log】第4056号〜日本で一番高いところにある、日本で一番高い日清カップヌードルは、日本で一番おいしい日清カップヌードルである〜


値上、物価高、インフレなどと叫ばれててしばらく経ち、「値上を許容している」というある方の発言に報道もざわつきましたが、どんなものですかね。

肌感覚では、食品や日用品については消費者の財布の紐は固くなっていて、レジャーや非日常には緩くなっている気がしないでもない。

まぁワタシ自身も学生の頃など、カネが少なくなった時には真っ先に食費を削っていた者なので、気持ちがわかってしまうものですw

モノや価値、その価値からの値段・値決めについては、毎日考えさせられるものです。

相場もあれば、需給バランスもあり、利益もあれば、値ごろ感もあり、色々な要素によって値決めがされているもの。

先日の富士登山では、日清カップヌードルの価格が話題?に。

日清カップヌードルって特売でも119円とかで販売しており、日清のオンラインストア上では231円になっています。

それが、6合目~7合目くらいでは600円で販売されているのです。

それだけでも驚きですが、富士山頂上になると900円にまで跳ね上がる。

もちろん、物流の困難さもありますが、利益率としては、スーパーでは考えられないほど出るでしょうね。

すごいですよね。その部分だけ切り取れば、「うちも富士山頂上に出店したい」なんて話も出たくらいw

1個900円のカップヌードルっておそらく?間違いなく?日本で一番高い日清カップヌードルだと思います。

ただ、日本で一番おいしい日清カップヌードルだとも思います。(味は変わらないはずですがw)

もちろん、ワタシも頂上で900円払って食べましたよ。(カップラーメン久しぶりに食べた)

確かに頂上で食べるカップラーメンおいしかったですね。(腹が減っていたこともあり)

下界で900円も出して日清カップヌードルを食べようとは正直思わないですが、シーンを変えたり、環境を変えたり、条件を変えたりすれば、値段はあってないようなもの。

これはこれで値決めや価格についてとても勉強になりました。

富士山頂上での日清カップヌードルの価格の事例は以前から知っていたし、比喩的にも色々なところで話のネタにしていましたが、これからは実体験として語れますね。

値決めは経営。自社の利益とお客様の利益の積が最大になる一点を求めるのみですね。

また、カップヌードルに限らず自販機の飲料は500円になる。

加えて、トイレの価格も(富士山ではトイレをするのにおカネ?環境美化の寄付?がかかる)、五合目では100円(無料もあり)、九合目までは200円、頂上では300円になりました。

登頂翌日に麓に降りて滝行をする前にトイレに行きましたが、富士登山の癖で、「このトイレはいくらだろう?」なんてジョーダンを言っておりました。

●感想、 フィードバック、コメント、気づいたことなど戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。


【compass-log】第4055号〜オリンピックの開閉会式で国立競技場に立った者と、富士登山で剣ヶ峰に立った者と、滝行して火渡りをした者という生涯語れる経験〜


時差になりますが、先日、国立競技場で「東京2020オリンピック・パラリンピック大会1周年記念セレモニー~TOKYO FORWARD~」が開催されました。

実はまたチケット当たりましてw、イベント参加してきたのです。(どんだけ好きなん)

個人的にオリンピック関連の引きはだいぶ強いみたいで、今回の記念セレモニーは家族分含めて複数応募したにも関わらず全部当たってしまう快挙w

コロナ急増で家族に欠員が出たため、友人知人にチケットを分配させて頂きました。

先月に国立競技場で開催された3時間耐久リレーに参加したので、国立競技場には1か月ぶりでしたが、オリンピック・パラリンピックムードでは1年ぶり。

会場入りすると、青いボランティアユニフォームを着た方がたくさんいて、ワタシと同様にボランティアに参加した方が1周年セレモニーに参加していることがわかりました。(みんな好きやね)

もちろんワタシも会場に入ってからボランティアユニフォームに着替え、家族にまで着させるw

セレモニーは感染対策のため1席空けで座り満席ではなかったものの、昨年は無観客だったのにたくさんの観客がいました。

いざ、セレモニーが始まると、昨年、選手入場の際に使われたあの音楽が生演奏されながら、選手や関係者が続々と入場してきました。

その瞬間、1年前、この場に立っていたことを五感・六感で鮮明に思い出して震えると共に、ちょっと感極まってしまいましたw

昨年、無観客のためカネを払っても誰も参加できなかった開会式と閉会式に、見る側ではなく創る側として参画できたことには勝手に使命感をもっています。

今回は見る側としてセレモニーに参加しましたが、やっぱり「観客ありの方がよいな」と思いつつ、

MCの松岡修造さんも、「昨年のオリパラは東京だから日本だからこそ開催できた」と昨年のワタシとまったく同じことを言っていました。

昨年、国立競技場の会場に立っていた人しかわからないこともあるものです。

これは富士登山をして登頂した人にしかわからないことがあることと同じ。

結局、ニンゲン体験に勝るものはないですし、さらにその体験を言語化して経験にまで昇華しているワタシとしては、

オリンピック開閉会式への参画と、富士登山での剣ヶ峰への登頂はある意味似ている経験になっております。

そこに立った者にしかわからないことがあるものです。

先日の富士山下山からの滝行からの火渡りまでも「ハイかイエスかヨロコンデ」の精神でフッ軽で経験したこともまたしかり。

しっかり目的をもった上で色々と経験することも必要ですし、無用の用というものも必要なものです。

これらの経験は、ワタシの人生で生涯語れるネタになっていますし、これだから色々なことを経験することはやめられない、とまらないものですね。

これからも基本姿勢は「ハイかイエスかヨロコンデ」

●感想、 フィードバック、コメント、気づいたことなど戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。


【compass-log】第4054号〜富士山が見えなくても、都合よく前向き上向き未来向きな解釈で機嫌よく〜


今日もよく富士山が見えます。昨日の夕焼けもきれいでしたね。

富士山には森林限界というものがあります。森林の発達できる限界ということで、北面では2200~2400m程度が森林限界。

確かに麓から眺めていると、天気がよい日には森林限界までの「緑」と、森林限界以上の「赤?黒?グレー?」の色まで見えるものです。

下から見ながら、「あのあたりは、登ったときのあのあたりかな」「あそこにはきっと、あんなものがあったところから」などと想像を膨らませます。

夜になると登山者の光の列が麓から見えるのも夏の風物詩ですが、富士山を登ったとき下を見下ろすとこれまた登山者の光の列をみることができ、それはそれで蛍のようで幻想的でした。

先週の三連休はあれほど見えなかった富士山ですが、それ以来ほとんどよく見えます。

なぜあのとき、ピンポイントで一瞬たりとも頂上までの全景を麓から捉えることができなかったのか。

ハレ男とハレ女がたくさんいたにもかかわらず・・・汗

登らないで眺めることを目的に来られた方もいらっしゃったのに、それも二泊三日もいて下さったのに、申し訳ない・・・

でも、天気なので仕方ないし、翌週(今週)だとコロナの急拡大もあり、開催すら危ぶまれていたと思えば、なんとか開催できてよかったもの。

そして、共に「解釈転換」を学んでいる皆さんですので、すぐさま解釈転換して下さり、

「富士山を見にまた来るね」

「登れただけで万々歳」

「また富士吉田に来る理由ができた」

「まだ登る理由を残している」

とおっしゃって頂きました。

さすがの解釈転換力、意味づけ力だなとあっぱれw

どんなことがあっても、「ありがたい、ありがたい、ありがたい」と唱えることで、解釈は変えられるものですね。

今回は、

「みんなで集まれてありがたい」

「登頂できてありがたい」

「富士吉田に来て頂きありがたい」

ものでした。

「麓から富士山が見えなかった」という事象はひとつでも、それに対する受け止め方、考え方、意味づけ方、解釈の仕方は無限ですね。

富士山に限らず、何においても、どうせなら都合よく、前向き上向き未来向きに捉えて、機嫌よくいたほうがよいですね。

●感想、 フィードバック、コメント、気づいたことなど戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。