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【compass-log】第4163号〜うまい話には裏があるのか〜


予期せぬ話が舞い込んできました。

一見よさそうな話で、悪くなさそうな話です。

ただし、これはよいことなのか、はたまたそうでないことなのか、見極めが必要です。

「うまい話には裏がある」なんて言いますが、裏があるのかどうなのか。

とりあえず、多少のケガは覚悟をしても、死なない程度にやってみようかと思います。

ケガをしないに越したことはないですが、死んでしまっては元も子もないのでそこまでのリスクを負う必要はありません。

でも、ケガを恐れていたら何もできませんからね。

自転車だって乗れるようになるまでは、何度も転んでケガをして乗れるようになるものです。

もちろん、ケガをしようとする必要はありませんが。

まずは庭先で親に後ろで抑えてもらいながらよろよろと。急にクルマの多い大通りでは走らないですよね。

そして、家の前に小さな道路があればそこで練習をしたり、公園に行って練習をしたり。

練習しながらときどき転んでケガをしますが、それを繰り返して自転車も乗れるようになるもの。

ケガを恐れて自転車に乗らなければ乗れるようにはなりません。

何事もやってみて失敗してケガをしてうまくなっていくものですし、失敗してケガをしたから諦めてしまったらそこで試合終了。

今回の話も別にケガをしたところで死ぬわけではなさそうなので、ケガくらいのリスクは取って「うまい話」に乗ってみようかと思います。

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【compass-log】第4162号~「あれ?思ってたんと違う」を回避~


人とのコミュニケーションにおいて、ときどき「あれ?思ってたんと違う」ということがありますよね。

こちらの意図がうまく伝わっていない時に起こります。

先日も外食をしていた時に、ある料理を一つ頼んだつもりが、二つ料理が届いてしまったことがありました。

よく店員さんが「ご注文を確認します」っていうシーンがありますが、そのお店ではその確認はなかった。

まぁこちらも複数人が色々と注文してしまったので、悪かったなと思うところもあります。

この場合、言わずもがな「お互いの確認不足」が問題ですね。

こちらも伝えたつもり、伝わったつもりになっているし、相手も聴いたつもりになっていているけれども、認識のズレがある。

この認識のズレが「あれ?思ってたんと違う」という結果をもたらします。

何も料理の注文だけでなく、仕事においても、家庭においてもありますよね。

これを指示していたつもりなのに、返ってきた結果が全然違うものだった。

あれをお願いしていたつもりなのに、まったく伝わっていなかった。

伝えた側は伝えたつもりになっているけれども、受け手が捉え違っていることもあります。

大切なのは「お互いの確認」もそうですが、もっと具体的に言えば、受け手側の言葉での確認。

受け手側がどう捉えているか、どう認識しているかが大切で、その捉え方と認識を伝えた側に確認をとること。

伝える側が一方的に話しているだけではダメなんですよね。

受け手側が、自らの言葉にしたうえで「こういうことですよね」という確認。

もちろん無理やり変える必要はないけれども、自らの言葉で理解・認識することが大切ですね。

そのための相互確認はいくらでもあってよい。ズレたまま進むとやり直しが発生するし、そのやり直しが一番無駄。

まだやり直せるならいいけれども、やり直せないこともありますからね。

上記の注文ミスの料理は2つとも頂きましたがw

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【compass-log】第4161号〜442年ぶりの皆既月食以上に怪奇なモノ。恋愛も人生も「タイミング」「フィーリング」「ハプニング」〜


SNSはどこもかしこも皆既月食ばかりなので便乗。

18時過ぎから22時過ぎくらいまで天体ショーを楽しむことができました。

刻々と変わっていく皆既月食の姿はなんとも幻想的。SNSからもたくさんの人が空を見上げていたんだなと推測します。

近所の人たちもベランダや庭先に出ては家族で空を見上げていて、その光景にもほっこりしたものです。

天王星食も重なり、惑星食が重なるのは15880年7月以来の442年ぶり。次回は322年後の2344年の土星食らしい。

442年ぶり、322年後、という果てしないような時間もまたロマンチックですね。

こんな世紀のタイミングに生き合わさったことは、なかなか感慨深いもの。

今日生まれる人も、明日生まれる人も、よほど医療が発達していなければ、残念ながら観ることはできないでしょう。

そう考えると、人生とはタイミングが大事ですね。

恋愛は「タイミング」「フィーリング」「ハプニング」なんて言いますが、人生も「タイミング」「フィーリング」「ハプニング」です。

いつどんなタイミングで、どこで誰と会ってフィーリングが合ったり合わなかったりし、ハプニングが起きたり起きなかったりするもの。

すべて重なったときに、何かわからないけれども何かが起こる。

それは442年ぶり、322年後以上に、もっと確率が低いこともあるかもしれません。

たまたま朝ネットニュースを見ていたらアメリカで過去最高額2970億円の宝くじが当たったとのこと。

ある宝くじで、しばらく大型の当選がなくキャリーオーバーし過去最高額になったらしい。

これもまた、宝くじを買ったことと、数字を選択したことと、キャリーオーバーが発生したことによりますね。

実際の宝くじは買わないけれども、何か色々とコトを起こすために行動する、という意味で、人生の宝くじはたくさん買ってきたし、これからも買っていきたい。

買わないと当たらないですからね。

恋愛も人生も「タイミング」「フィーリング」「ハプニング」によって何かが起こる。

これは皆既月食以上に怪奇なものです。

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【compass-log】第4160号~お隣さんから自分の芝生が青いことを教えてもらい、青い芝の使い方も教えてもらう~


ニンゲン、隣の芝生は青く見える、ということはよくあるものです。

でも当人からすると、自分の芝生が青いとは思っていないことも、これまたよくあります。

何ならワタシもそうでしたし、未だに気づかぬ青い芝生をもっている可能性もあります。

今日もたくさんの青い芝生を見てきましたが、当人たちはそれに気づいていませんでした。

これだけのものをもっているのに、足りない、ダメだ、悪い、もっと欲しい、という声なき声が聞こえてくる。

どれほど周りのヒトから青い芝生だと思われる資源をもっていても、その価値に気づかなければ豚に真珠、猫に小判。

また、価値に気づいても、それを有効的に使えなければ、これまた意味がないもの。

ないものねだりをしても仕方ないし、あるものから初めていくことが大切ですね。まさに手中の鳥から。

でも、そんなこと言うワタシも他人のことは見えるのに、自分のことが見えていないし、もっているモノですら使い方がわからないこともある。

ドライバーでは木は切れないし、ノコギリでネジはまわらないのです。

手中に鳥はいるのだけれども、鳥の扱い方がわからないことってあるもの。

今日の場合、ワタシは価値に気づいたので、「こうしたらどうですか」「こんなステキなものはこう活かしてはどうでしょう」などと勝手に?話しておきました。

でも、価値を価値だと気づいた人から、使い方を教えてもらえることはよいことですね。

「タニモク」なんてありますが、あれも自分では気づかない自分を、他人に目標立ってもらうもの。

自分のことはよくわからないけれども客観的に見てもらえると、自分の芝生を隣から自分が見ているようにもなるものです。

ついでにその青い芝生の使い方まで教えてもらえるとなおよい。

ひとりでは決してわからないので、お隣さんとの会話によって気づかせてもらえますね。

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【compass-log】第4159号〜カメラのレンズも、ニンゲンの目やアタマやココロにおいても、ヒトそれぞれのレンズがあり写り方が変わる〜


昨日は予定詰め込みすぎた。よくやってしまうやつ。

午前から夕方までバタバタするわ、ないアタマ使うわでぐるぐる、グルグル。

そして夕方から写真展なるものへ。おそらく初めて。

御作法とか分からず、芸術性とかも分かりませんがw、ステキな写真をたくさん見て、写真の中のステキな世界に浸れることができました。

それまで慌ただしく、忙しくして、ココロを荒らして亡くしていたものが、どこかほっこりして洗われ落ちついたものです。

この感覚は初めて。写真やアートってこういう効果もあるんですかね?

たしかに音楽でもそういう効果があるので、ありそうですね。

「美しいものを見て、美しいと思うその心が、美しい」って聞いたことがある。

やっぱり汚れたココロが洗われましたね。

それにしても、色々な写真を見てご説明頂くと、一枚の写真に色々な物語や背景や意図、価値観や世界観や人生観があることを知る。

もちろん、見る側のこちらの捉え方も様々だけれども、この写真に、この風景に、この一枚に撮る側のこんな意図があるのね、と驚くものでした。

ご説明頂きながらも話しましたが、「これ日記と同じですね」と。

写真も日記も、はたまた人生も、事象は一つなのに、写り方や捉え方や切り取り方は様々。

ここをこう写すか!

ここをこう切り取るか!

ここをこう捉えるか!

カメラのレンズだけでなく、ニンゲンの目やアタマやココロにおいても、人それぞれのレンズがあり写り方が変わります。

カメラのことはわかりませんがw、ココロのレンズを磨き、日々も人生もプラスに楽しく幸せに美しくキレイに写していきたいものですね。

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