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【compass-log】第3743号〜コンタクトや眼鏡で「見えづらい(見えない)世界」と「見える世界」の両方が見えるヒトと、「見える世界」しか見えない裸眼のワタシ〜


先日たまたま仕事の昼休憩のときにメンバーと、どういう経緯か忘れましたが「視力」の話をしていました。

ワタシ、実は未だに両眼とも2.0あり、「眼だけはいい」と思っています。「眼だけはいいっすね」って?笑

話していた残り2人は、2人とも視力が弱くコンタクトや眼鏡をしています。

眼が悪いヒトは、裸眼の「見えづらい世界」と、コンタクトや眼鏡をかけて「見える世界」の両方を知っており、

やっぱり日常生活では目が見えづらいというのは、色々と支障があるようです。

反して、ワタシは眼だけはよいため?笑、「見える世界」しか見えず、「見づらい世界」や「見えない世界」を見えないのです。

でも、彼らによると、「よいこともあるよ!」とのことで、「家の埃や汚れが気にならない!笑」とのこと。いや、それよいことなの?笑

確かにワタシは眼がよいからか、埃や汚れが気になる笑

また別の友人が「コンタクトが目の中で行方不明になって病院にいる」と言っていましたが、最初読んだときは全然言葉の意味が分からず、3回読み返して把握できたくらいで、そんなことあるんだと驚いているところ。

にしても、幸いにも「見える世界」しか知らないワタシですが、「見えづらい世界」や「見えない世界」というのは、目を細めたり、遠くを見たり、目を瞑ったりすることで、疑似体験はできても、本当に「見えづらい世界」や「見えない世界」に入ることはできません。

まさに色々な意味で「視野や視力の違い」。

過去に全盲で太平洋を横断したブラインドセーラーの岩本光弘さんのセミナーを拝聴しましたが、「見えないから見えることがある」とおっしゃっていました。

パラリンピアの方々もそうですが、違いを強みとしていますし、それぞれの立場で「見えること」が違いますね。

まったくもって、モノゴト見方、考え方、受け止め方次第です。

視力の良し悪しによって、世の中の見え方や生き方にも違いがあることに気付きました。

まぁぶっちゃけ当たり前なんですけど、ふとしたこの会話が結構パラダイムで、大切なことに気づいたところです。

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