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【compass-log】第3727号〜「蝶(ちょう)」は「ちょう」でも、死の淵からでも何度も蘇る「不死鳥(ちょう)」になる〜


昨日は、わかる方にはわかる「九死に一生を得られた」方とお話をさせて戴きました。

1時間ほどの予定が、あまりに「楽しく?」と言ってよいのか?笑、盛り上がって予定より大幅オーバーのお時間を戴くほどでした。

その方の話は、セミナー音源とオンラインセミナーで過去に何度か拝聴する機会がありました。

何度も転んでは起き、転んでは起き、最終的にはどん底?死の淵?まで落ちてから、ワタシから見たら今まさに蝶として羽ばたいておられる方。

個人的には、死の淵まで見てでも這い上がるチカラは、もはや「蝶(ちょう)」は「ちょう」でも、「不死鳥(ちょう)」だと思っています笑

音源やセミナーでは語れなかった、よりリアルな状況や心情の変化について赤裸々にお話戴き、改めてその這い上がるチカラや不死鳥のごとく復活される様には、とても勇気を戴きました。

ニンゲン、何より生命的にも精神的にも死なないことがまずは何より大切で、その上で一つのことを極めるために学びながら、行動することの大切さを学ばせて戴きました。

鬼滅の善逸の育てであるじいちゃん「桑島慈悟郎」の「いいんだ善逸、一つできれば万々歳だ。一つのことしかできないなら、それを極め抜け。極限の極限まで磨け。信じるんだ。極限までたたき上げ、誰よりも強靭な刃になれ」という言葉に通じますね。

話の中で徒然草の第百八十八段を教えて戴きました。

学び地蔵になっていないか。

色々なことに手を出して、本質や欲しい結果に結びつかない学びや行動をしていないか。

一生のうちにすべきことを見つけ、他は全部捨ててしまおう。

一つに没頭するのだ。

結局は、欲しい結果に結びつく行動が重要。

コレ、まさに今の「あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい」状態なワタシには重要な話。

限られた時間の中で、何者になるために、何を学び、何を捨て、何を行動し、何を得るか。

極めるコトに向かって没頭没入すること。

感情が乗らないコトは廃棄していくこと。

そして、言語とヒトの縁で救われるということ。

たくさんの気づきを戴き、しかもワタシなんかのために長時間1対1で話をお聞かせ戴き、もったいないったらありゃしない笑

またセミナーとして聴きたい方が大勢いらっしゃるのではないかと思いました。

それにして、不死鳥のごとく死なずに何度も飛び立つ姿には、本当に勇気をもらいます。

幻冬舎編集者の箕輪さんの著書である「死ぬこと以外かすり傷」くらいの気持ちが大切。

ワタシももっともっと行動して、ひとつのことを極限まで極めて、「蝶(ちょう)」は「ちょう」でも、死の淵から何度でも蘇る「不死鳥(ちょう)」になるという新たな目標が生まれた瞬間でした。

貴重なお時間を戴きありがとうございます。

これからも不死鳥の背中を追いかけていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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よろしくお願いします。