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【compass-log】第3306号〜そこには新たな自分がいる〜


当たり前ですが、「自分の印象」って、自分で想っているものと、人が想っているものとでギャップがあります。

あまり人から「自分の印象」を聴くことはないかもしれませんが、たまには意図的に、他人に「自分の印象」を聴いてみてもよいと思います。

案外、自分では知らない自分がそこにいることが多く、よくも悪くも他人から見た自分を知ることで、ハッと気づかされることもあるもの。

そこで世阿弥(ぜあみ)の「我見」「離見」「離見の見」。

簡単に言うと、

「我見」とは自分の視点。

「離見」とは他人からの視点。

「離見の見」とは、自分が「他人の視点」から見ようとする視点。

役者で言うと、

「我見」は役者自身の視点

「離見」は観客からの視点。

「離見の見」とは、役者が観客の立場に立って自分自身を見ようとする視点。

我見だけの世の中ではない。

離見もある中で、離見の見をもって、離見に近づこうとする努力は必要。

役者は演じながら、同時に観客にはなれない。けれども、観客と同じ気持ちになろうとする努力はできる。

この努力が実を結ぶことを「見所同心」と世阿弥は表現する。

自分自身ってなかなか見えないものですが、「我見・離見・離見の見」で「見所同心」を意識することは大切ですね。

そこには、自分の知らない新たな自分がいるものです。

感想、 フィードバック、コメント、話したいこと、聞きたいこと、叱咤、激励、批判、応援、クレームなどを戴けば幸いです。

このままコメントして戴いても、メッセージで戴いても構いません。

よろしくお願いします。


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